NHK「フィルム映画の灯を守りたい〜デジタル化の嵐の中で〜」を見た上で、映画について考えた

「フィルム映画の灯を守りたい〜デジタル化の嵐の中で〜」
が、NHKにて5/30(水)19:30にて放映されました。

http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3206_all.html
⇒番組内容のテキストです。
 放送日の翌日に公開するなんて、NHK、やりますなー。

色んな問題が複雑に絡み合うデジタル化の問題は、以前から指摘されていて、
ネット上でもよく論議されていました。

個人的には色々考えるところがあったのですが、結構、感情論に終始し、
「うーん」となるケースが多かったので、自分なりにまとめてみます。


●私の立ち位置
こういう話は、書く人の立場が分からないと、読み辛そうなので、箇条書きで書きます。

・大学時代から10年ぐらいミニシアターでアルバイト&社員勤務の経験あり。

・現在は映画・CG・VFXの制作会社に勤務。

・映写機は好き。

・映写事故も映画体験の一部と捉えている。
⇒これは映写やってたからですね。通常の観客なら怒って当然です。

・フィルムの質感、汚れが好き。
⇒スクリーンにゴミが映るのが嫌いな人は結構いますね。
(昔、時々クレームを受けていたが、今は皆無だろうな)
⇒三池監督は前に「自分の映画がフィルムで公開され、とある映画祭で
 上映された時、フィルムがかなり傷が入っていたり、汚れていた。
 でもそれは各地の映画館を巡った証であり、感慨深かった」

 と仰っていました。
(勿論、傷やほこりがつかないようにフィルムを扱うことは当然ではありますが)

・フィルムは好きだけど、映画興行ビジネス上、デジタル化は避けられないと考えている。

・自分が守りたいモノは(文化含め)、自分で守ろう。
⇒フィルムや映画館だけではないですが、なくなると知って騒ぐなら、
 もっとその前に何とかしないと思っています。
 いや、勿論、商売する側が一番努力しないといけないのは重々承知していますが。
 「国が援助すべきだ!」というのは理解は出来るんですけど、声高に言うのはどうかと。

・感情論は恋愛と感想のみにてして、商売はドライに進めたいタイプ。
⇒と思っていますが、「世の中の重要決定事項は、大抵下半身で左右される」
 という現実を知り、なんだかなーと思いつつも、だから人間って面白いよねと
 感じられるようになりました。


半分ぐらい本件と関係ないこと書いてますが、そこはご愛嬌ということで。
さて、本題です。


1、そもそも「フィルム上映好き」は、日本に何人ぐらいいるのか?

勿論、正確には分かりません。
ただ、推測してみます。

年間の映画館動員数が、
のべ約1億6000万人、ユニーク約5000万人、年間100本以上映画を観ている人は3%(多分DVD含め)で、
※出典元
http://www.eiren.org/toukei/data.html
http://www.crs.or.jp/backno/No646/6461.htm
http://ure.pia.co.jp/articles/-/4488/votes

仮にこの3%の人が全員フィルム好きだとして150万人。
(便宜上、この150万人の方を「シネフィル」と呼びます)

映画興行収入の約10分の1(約150万人×100回以上)を担うシネフィルたちが、
【フィルム上映好き】だと仮定したとして、

「フィルム上映でないと、我々は映画館に行かない!」

と一致団結し、ボイコットすれば、フィルム上映は継続されるでしょうが、そうはならないわけでありまして…

ライト&ミドルユーザーである約4850万人のほとんどが、上映される映画形式について
どうでもよく、あくまで映画そのものにしか興味がないであろうと考えると、
お金の論理で映画館側に訴えるのは難しいのかなと。
⇒私は映画館で年間50本ぐらい観ますが、映画館勤務経験があっても、
 新作だと繋ぎ目のパンチでしか、フィルムかデジタルかの判別がつきません。

 (スクリーン近くの座席で見たら、流石に判別がつきますが、後ろの座席が好きなもので…)


2、撮影素材と上映素材

デジタル化と一言でいっても、過程が結構違うので、整理してみます。

①撮影:フィルム、上映:フィルム →昔の映画上映
②撮影:フィルム、上映:デジタル →昔の名作の再上映
③撮影:デジタル、上映:フィルム →ちょっと前の映画上映(勿論、今もある)
④撮影:デジタル、上映:デジタル →今後、増えていく映画上映

私は映画を撮影したことがなく、映像素材に詳しいわけではないのですが、
②③のようなフィルム⇔デジタルの変換がどうも気持ち悪く、
①④のみの方がいいのではないかと思ったりします。

少し前までは③が大半だったのでしょうが、「フィルム化」を追求するなら、
上映だけでなく、撮影までもこだわった方がいいような気がします。


3、デジタル化による上映素材のコストカット

番組では上映フィルム1本20万円で、一斉に500館で上映するとなると、
フィルム代だけで1億円かかると紹介されています。

DCPはコピー1本で高くて10万円とのことなので、
※出典元
http://www.kinejun.com/kri/topic/tabid/178/Default.aspx?itemid=4

単純に5000万円コストカットできるというメリットはとてつもなく大きい。
実際のDCPのコピーは10万円より安そうなので、もっとコストカットできるでしょうね。

しかも、2012/3/21付の日経MJ新聞の
「映画予告・広告、東京現像所、ネット配信、収益拡大へ新サービス、本編にも導入検討」
という記事には、

「デジタルシネマパッケージ(DCP)を各劇場に配送する流れを、配信に変える。
予告配信料は1回900円から。来年以降には本編も」

という趣旨の記事がございましたので、近い将来、現像所に映像素材を持っていけば、
ネットでデータを映画館に送信できるわけで、DCPのコピー代は勿論、配送費もなくなることになります。

「何だかんだ言って、大手の映画館・配給会社のみ利益を受けている」
という指摘があるやも知れませんが、東宝はともかく、他はどこも厳しい状況だと思います。


4、地方の映画館がデジタル映写機導入の費用を負担出来ない問題

番組では、デジタル映写機1台を導入するのに1000万円かかり、
地方の映画館は負担できない
という話がありましたが、これは一時期、
ネットで話題になっていた問題で、ミニシアターの方々を中心に色々議論されております。

※分かりやすい問題点のまとめ
http://d.hatena.ne.jp/cinerevo/20111127

※対談「デジタル化による日本における映画文化のミライについて」(全3回)
http://eigageijutsu.com/article/240455124.html
http://eigageijutsu.com/article/240417747.html
http://eigageijutsu.com/article/246416039.html
⇒地方のミニシアターの実際の興行収入や、外国でのデジタル化の取り組みなどが
 紹介されています。番組に出演していた瀬々敬久監督も出席されています。
 だから、今回、NHKに呼ばれたのかな?

経営の厳しい映画館がデジタル映写機を導入できず、そしてフィルムの
上映素材が減少した場合、上映する作品がなくなるという問題の解決は、
正直、私にもいい案が浮かびません。

ただ、デジタル化に抗うのは、上映作品をせばめることになり、かつ、
「ずっと新作をフィルム&デジタルにするべきだ!」というのも、コスト的に無理があります。

※東京の映画館、アップリンクの対応
http://www.webdice.jp/diary/detail/6537/

上記の案が解決策になるかどうかは、映画館の状況によって違うとは思いますが、ご参考まで。


5、映画の保存期間問題

番組では、The Academy of Motion Picture Arts and Sciencesが著した「ザ・デジタル・ジレンマ」の内容を引用していました。

※「ザ・デジタル・ジレンマ」日本語訳
http://wwwlab.dmclab.jp/digitaldilemma/DigitalDilemma/Digital_Dilemma.html
慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究センターが翻訳しておりました。
 PDFをダウンロードするには、メールアドレスや名前を記入する必要があります。

正直、全文を通読したわけではないのですが、ざっくり読む限り、

「映画の保存において、現時点では、デジタルよりフィルムの方が勝っている」
「デジタルマスターを保存する費用は、フィルムマスターを保存する場合に比べ、11倍もかかる」

⇒11倍の記述は、PDFの43ページ目です。

と主張しているようです。

ただ、私は

「全ての映画を保存する必要があるのか?いや、ない」

と思っております。では、

「保存すべき映画とは何か?」

と言うと、

「文化的に価値が高く、後世に残すべき映画」

という曖昧な基準ではダメです。
残すか否かの精査で人件費がかかったり、議論が起きそうなので、単純に、

「保存するためのお金が集まる映画」

はフィルムで保存すればよいと考えます。

その判断は国ではなく、映画会社が「フィルムで残した方が、商売として得策だ」と
判断したら、フィルムで保存するでしょう。


6、映写機の保存期間と技術者問題

映画館やフィルムよりも、一番問題なのは、フィルム映写機です。

10年以内にフィルム映写機の製造は停止されるでしょう。
⇒番組に出演されていた映写技師の加藤元治さんは、閉館する映画館と交渉して、
使える部品を貰い受けていましたね。

シネマヴェーラの館主で、エンタテイメントを専門にしている弁護士の内藤篤さんも
映写機部品やメンテナンス問題について、語っておられます。
http://www.cinemavera.com/essay.html
⇒2012/4/12付

映写機を扱える映写機メーカーの技術者も若くて30代でしょうし、
今後の技術継承も切実な問題です。
⇒ちなみにですが、程度にもよりますが、映写機が故障した場合、大半は
映画館にいる映写担当では修理することが出来ず、映写機メーカーの技術者に頼るケースが多いです。

この問題は、流石に国に頼るしかなさそうです。
民間の映画館を救うには、お金がかかりすぎるので、フィルムセンターに部品保有
技術者育成を担ってもらうことになるでしょう。

※フィルムセンターHP
http://www.momat.go.jp/FC/introduction.html


7、お金を集める

ここまで、金、金、金と散々言いましたが、やはり、企業を論理的に説得し、解決するには、
お金が一番です。

最近はクラウドファンディングという仕組みもあるので、こういった仕組みを利用してみても
いいかも知れません。

例:モーション・ギャラリー
http://motion-gallery.net/
キアロスタミ監督『Like someone in love』の製作費として、500万円集めて話題になりました。

※ミニシアターのデジタル化を支援する場合
1000万円のデジタル映写機が必要なぐらいキャパの大きい映画館は別ですが、
中規模以下のスクリーンであれば、アップリンクの浅井さんが書いているように、
DCPサーバー:150万、プロジェクター:100万円、合計250万円で足りるように思えます。

ただ、「デジタル化したいんで、お金ちょうだい」では厳しそうなので、
青色申告ばりに過去の収支を掲示した上で、支援をお願いし、あともう一工夫ぐらいすれば、
何とか集まるかもしれません。無理かな?

※映画をフィルムで残してほしい場合
「映画会社が保存維持費を考慮し、フィルムの方が妥当と判断したら、
ビジネスになりそうな映画はフィルムで保存するだろう」とは書きましたが、
観客の声を反映させたいなら、映画会社と交渉して、クラウドファンディング
立ち上げてみるのも一手かと。
⇒フィルムの場合、ネガフィルムから作るとなると、いくらかかるのだろう?
 300万円ぐらいかかるのかな?

ざっくりと映画を一まとめにして、「映画をフィルム保存しよう!」と言ったところで、
焼け石に水なので、どうせなら好きな映画のフィルム化に注力した方が効率がよいかと。

「上映が終わってからだと意味が無いし、遅すぎる」という意見もあるかと思いますが、
その場合、監督などがフィルム上映を熱望し、先導してフィルム上映のための資金を集めるしかなさそうです。


以上です。

何だか身も蓋もない内容になってしまいましたが、書いていくにつれ、
映画のフィルム上映を観たこともなく、フィルムの現物自体を見たことのない人々が、
今後増えていくことを考えると、やはりデジタル化は避けられなさそうだなと改めて感じました。

「宣伝で映画をヒットさせるのは、一人の猛烈な熱意が必要」とよく言いますが、
ミニシアターのデジタル化問題も、映画の保存期間問題も、同じだと思います。
ミニシアター全体、映画全体を対象にするのは難しいでしょうか、1つの映画館、
1つのフィルムであれば、1人の熱意をキッカケに何とかなるやも知れません。


筆者:escher_
https://twitter.com/#!/escher_


追記1
「放送時間や説明が短い」という意見もありますが、今回、こうやってNHK
全国放送してくれたおかげで、コアな映画ファン以外にも認知されたわけで、
その意義はあったんじゃないかと。
⇒あれ以上長くなると視聴者は離れるのではないでしょうか。
 個人的には30分という放送尺は適正じゃないかと。
 むしろ、物足りなかった方は、自分で調べてという余地を残してくれたとポジティブに考えてみては。
 実際、私は「デジタルジレンマ」について、もっと知りたいと思ったので、調べましたし。
 (ネットで検索しただけですが)

追記2
映写技師の加藤元治さんという方が出演されていましたが、元・日本電子の方のようで。
http://t-proj.net/twitter/?q=%E5%8A%A0%E8%97%A4%E5%85%83%E6%B2%BB&rt=%5B-RT%5D%E6%A4%9C%E7%B4%A2

使える映写機の部品をもらい受けに渋谷の映画館に向かわれていましたが、
まわりの景色から察するに渋東シネタワー(現:TOHOシネマズ渋谷)
のような気がします。
⇒と思っていたら、渋谷TOEIのようです。
 永吉洋介さんからご指摘をいただきました。
https://twitter.com/nagayoshi_ysk/status/208610475280310272

渋谷TOEIは現在も営業しておりますが、
「それまで映写機2台+DLPだったのを、映写機1台+DLPにする為に映写機を
 1台撤去したとのことです」

とのこと。
ご指摘いただき、ありがとうございます!


追記3
伊勢新富座
http://www.h5.dion.ne.jp/~shintomi/

トップページには出演されていた水野昌光さんのコメントが。
『今、デジタル化が問題なのではなく、「映画人口の減少」が最も危惧される課題なのです。
マスコミもようやく映画の危機に気づき始めたようで、当館への取材も増えました』
とのこと。
この番組放映で観客が増えればいいけど、増えないんだろうな。
NHKの番組見たで!感動したわー」というオバちゃんは、いっぱい発生するだろうけど。

追記4
ニュー・シネマ・パラダイス
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD743/story.html

映画館、映写技師が主軸として語られる時に、引用されることの多い映画。
当然、今回の番組でも映像が使用されていました。

追記5
文章作成に、かなりの時間をかけてしまいました。
ブログは勿論、脚本や記事などを執筆される方は、恐ろしい時間と労力をかけているのだろうなと実感。
やはり、私はツイッターの文字制限が心地いい…